セルフマネジ

自分が変わると世界が変わる。ポジティブに生きるための「セルフマネジメント」始めました。

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映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を観た感想(ネタバレ)

   

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どうも、Ryu-のすけです。

映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を観ました。前回はまだ観ていない人のために、事前に知っておいた方がいいことや、見所などをお伝えしました。まだそちらをご覧いただいていない方は、そちらからどうぞ。

映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を観た感想

今回はすでに観た方と共有するための、ネタバレを含む感想を書きたいと思います。ネタバレが嫌な人は、前の記事を参考に、ぜひ一度観てからご覧ください。



 

とても生々しさの伝わる作品でした

イミテーション・ゲーム<公式HPより>

全体的な印象として、とても生々しさを感じました。決してヒーローものや英雄ものではなく、歴史上「天才」と呼ばれた人が、実はどんな人生を送っていて、どんな幸せがあって、どんな苦悩があったのか、それを隠すことなくまさにリアルに伝えている映画だと思います。

雰囲気はスティーブン・スピルバーグ監督の「リンカーン」にも近い感じを受けました(あれもさすが!な映画でしたね)。ただ、リンカーンはまさに歴史的英雄で、強い信念とカッコよさを演出しているところもありましたが、アラン・チューリングはアスペルガー症候群の傾向があり、コミュニケーションがうまくいかないところがあるがただ一点秀でているものを持ったこの人が、どのような人生を送ったのか、その生々しさを伝えている映画だと感じました。

テーマは「あなたが普通と違うから、世界はこんなに素晴らしい」です。

「あなたが普通と違うから、世界はこんなに素晴らしい」

アラン・チューリングを心から支える女性ジョーン・クラークが最後にアランに伝えた言葉です。英語では、

“The world is an infinitely better place precisely because you weren’t.”

この台詞が、最後にズシンと響きましたね。

アラン・チューリングは言ってしまえば、天才数学者で、コミュニケーション障害があって、同性愛者。世の中に「普通」があるならば、彼はまさに「普通とは違う」。彼自身はそのことに幼い頃からずっと悩まされ、とうとう死ぬ間際まで悩まされていたでしょう。彼の人生を彼自身が評価するとすれば、一体幸せだったと言えるのでしょうか。

ただ、その彼の「普通とは違う」ことが、何千万の命を救い、今の我々がこんなにも便利な世の中に暮らすことができています。

私は思うんです。たぶん世の中には絶対的な「普通」なんてなくて、「普通と違う」ことは何ら恥ずかしいことなんじゃない。最近ではダイバーシティなんていいますが、そうした人々の「普通と違う」ことが重なり合って、世の中はできているんです。

昔はきっと、そんな考えなんてないし、時代や制度がそれを許さなかったこともあったでしょう。そのために、アラン・チューリングは同性愛の「罪」で罰を受けることになってしまいましたが、実は彼を支える誰しもが、そんなことを気にもしていません。ジョーン・クラークに至っては、結婚した自分の夫が同性愛だと知った上で、彼そのものを人間として愛していました。「普通と違う」ことを受け入れ、理解し、周りに彼の考えがわかるように翻訳してあげていました。それがとても素晴らしいことなんです。

この映画の脚本を書いた、脚本家のグラハム・ムーアは、この映画がアカデミー賞脚色賞を受賞した時のスピーチで、こんなことを言っていました。

「16歳の時、私は自殺を図りました。しかし、そんな私が今ここに立っています。私はこの場を、自分の居場所がないと感じている子供たちのために捧げたい。あなたには居場所があります。どうかそのまま、変わったままで、他の人と違うままでいてください。そしていつかあなたがこの場所に立った時に、同じメッセージを伝えてあげてください。」

人の個性を受け入れやすくなった今の世の中でも、「普通とは違う」ことに悩む人は多いです。グラハム・ムーアもその一人で、14歳の時にアラン・チューリングを知った時に他人事ではないと感じたそうです。彼だったからこそ、この映画は非常にメッセージ性の強いものになったのだと思います。

「あなたが普通と違うから、世界はこんなに素晴らしい」

とてもいい言葉です。映画の中でジョーンが伝えたいことと、脚本家としてグラハム・ムーアが伝えたいことと、なんか自分の感じることが色々相まって、とても心に残るシーンでした。

 

自分とは何か。個性とは何か。

アラン・チューリングは「普通」とは違うことを悩み、最期には自殺をしてしまいました。自分の「普通とは違う」ことを時代がもっと認めてくれたなら、自分がもっと認めてあげられたなら、きっと結末は違ったのかもしれません。

あなたは自分自身のことをどう思いますか?「普通」ですか?「普通とは違い」ますか?

私は、自分のことをちょっと「普通とは違う」と思います。昔はそれが嫌いな時期もありました。秀でていると思えば劣っていると思うこともあり、自分の二面性が嫌で嫌で仕方なかったんです。それが、今は昔のこと、と笑い飛ばすことができるようになりました。

きっと、あなたも「普通とは違い」ますし、誰しもがそういう部分を持っています。「普通」になろうとする人もいますが、それはきっと無理です。どこかで破たんしてしまいます。

大事なことは、自分の「普通とは違う」部分を理解し、愛してあげること。大抵そういう部分は自分の嫌なところとして見えてしまいがちですが、「悪いところ」ではないんです。可愛げのある、人間らしい部分だとして愛してあげることが大事です。そういう部分を押し込めること自体に無理があります。

自分のことを理解した次のステップとして、もし今の置かれている状況に合わないのなら変えてみる努力をするのがいいと思います。アラン・チューリングの場合は、ジョーン・クラークに進められて、リンゴを仲間にプレゼントすることで、一歩前に踏み出そうとしていました。理解をしてくれたのは自分ではなくジョーンでしたが、それによって仲間たちも彼を理解するようになり、本当の意味で「仲間:We」になることができました。

「普通とは違う」とは個性ということ。それを悪くとらえるのではなくて、ただ単にそういうものなんだとして理解し、自分の人生を幸せに過ごすためにどうして活かしていくのかを考えることが、セルフマネジメントだと考えています。

この映画を見て、感動して、スタッフロールで余韻に浸りながら、なんとなくそんなことを考えていました。

もう一度見たら、違う楽しみ方ができそうです。良作でした。

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